酒徒行状記

民俗学と酒など

タケネズミと『珍饌会』の<蜜蝍(みつそく)>

 140文字では収まらぬ文になったので。久々にblogを更新する。

 2020の春節を騒がせている新型コロナウイルスに関して、友人の先生から動画が回ってきた。

 コメントはおいといて、ネズミの仔を踊り食いする動画である。

  SARSの時は、ハクビシンがウイルスの感染源だと疑われ、後に冤(むじつ)だと判明した例*1もあるので、個人的にはまだタケネズミが本当の犯人か信用してないが、それは置いといて、この動画を見て一つ悟るところがあった。

 「これは幸田露伴の『珍饌会』にでてくる蜜蝍ではないか!」と。

 

  『珍饌会』明治37年幸田露伴が発表した短編小説である*2

 食通で知られる鍾斎大人。新聞記者の猪美庵と図って、正月の娯楽に、奇々妙々の珍料理の持寄り会をして、「人のまだ食わねえ誰も知らねえ、通の上の通、異の上の異なものを食おう」という<珍饌会>を企画する。

 会の参加者は鍾斎・猪美庵に加えて、蝦夷通の無敵、洋行帰りの辺見、画家の天愚、そして我満といういずれも名だたる食通。彼らは「猿の唇と鶏の尻を筍と独活とともに柚子風味の甘煮にしたもの」「蝸牛の大きな奴を野蒜とバターで焼いたもの(今でいうエスカルゴ)」「マムシに香薬を加えてできた硫黄臭い月桂酒」「蝦蟇蛙と蓮根の鍋」等の奇食珍食を持ち寄ってきた。

彼らの奇食珍食を用意する苦労譚・滑稽譚と抱腹絶倒の会の様子は本文に譲るとして*3 実はこの小説に<蜜蝍>という料理が出てくる。

 これは、「鼠の胎児(はらごもり)の、未だ眼も動かない赤い奴に、蜜を十分(したたか)に食わせたもので、箸で挟むと喞々(そくそく)と声を出す、そこで蜜蝍と名づけた」もので「生で此の侭(まま)口へ持って行くと、チヽと微かな声で泣くところが妙中の妙なのでノ。」という料理である。
 この料理、中国の典籍『朝野僉載』*4

に記載があると本文でも書かれているが、私は実在を疑っていた。しかし今回送られて来た動画を見ると、まさしく蜜蝍と同じ食べ方である。
 「<蜜蝍>本当にある料理なんだ!」と少し感動してしまった。
 
 ただ、このネズミの踊り食い動画。
 タケネズミ料理のレシピをいくつか見たが*5 全て火を通したものである。 そもそも中国の方は生食をあまりしないし、件の踊り食い動画は一般的な料理ではないようにも思える。
さすがの私も生食はちょっと箸を伸ばしにくいが(蜜蝍ならちょっと悩みつつ食べるかも)、火を通した料理はなかなかうまそうである。 
 

 広州の野味(イェウェイ)についてはこうした流行病が出るたびに、安全性だとか、ゲテモノだとか、安易な食文化批判が出される。(冒頭の動画のコメントも浅ましいものである)。

 けれど人間は様々なものを食材とし、食の多様化をはかることで、これまで永らえ、種として発展してきた。野味はいわば食文化のフロンティアである。

 この騒ぎに怯むことなく、今後も野味料理の文化が続くことを願う。

<補記>

このネズミの踊り食いは「三聴」という料理とのこと。

tocana.jp

 

 

*1:本当かどうかしらないが、中国に詳しい方からは当時の役人が自分たちの不手際を隠すためにハクビシンが原因だとデマをまいたと聞いた。

 なお、猟師やジビエの専門家に聞くとハクビシン(果子狸)は、果物を常食しているせいか、肉に甘味があって、ジビエの中でも最もおいしい肉の一つだそうである。私はまだ食べたことないので一度食べたいと願っている。

*2:この小説の製作意図については下記論文が詳しい。どうも村井弦斎「食道楽」を批判する意図があったようである。真銅正宏「明治の食道楽 村井弦斎「食道楽」/幸田露伴珍饌会」」

https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/3087/j16804.pdf

*3:この方が『珍饌会』の本文の起こしをやってくださっている。

また、南條竹則氏が講談社文庫で露伴の食エッセイを集めた本を刊行している。こちらもおすすめ。

*4:嶺南獠民好為蜜蝍即鼠胎未瞬通身赤蠕者飼之以

蜜飣之筵上囁匕而行以筯挾取啖之唧唧作聲故曰蜜蝍(『朝野僉載』卷二 唐 張鷟 撰)

www.kanripo.org これによれば、獠族(現代のチワン族)の食文化であるようだ

*5:広東省グルメ番組(広州とほほ日記)