酒徒行状記

民俗学と酒など

鹿の胎児(ハラコ)を料理する(3)-漢方薬「鹿胎」

承前

 さて、「 鹿の胎児(ハラコ)を料理する(1)-生薬とシカウチ神事 - 酒徒行状記」、前回「鹿の胎児(ハラコ)を料理する(2)-ジビエブームと鹿のハラコ料理 - 酒徒行状記 」で日本での鹿のハラコの利用について、調査をしてみたが、お隣中国ではどんな風に料理をしていたのだろうか?

 知っての通り、中国は「四本足のものなら机と椅子以外はすべて食材になる」国である。*1

 中国では全鹿宴と呼ばれる、鹿のフルコース料理もあるし、鹿のハラコの良い調理方法もあるのではないかと思って、文献や百度*2などで調査を行った。 

1.漢方薬「鹿胎」

 中国では、鹿は古くから漢方薬として利用されてきた。

 (中国最古の医学書である)『神農本草経』の上品に「白膠(はくきょう)(一名鹿角膠(ろっかくきょう))」,中品に「鹿茸(ろくじょう)」がある。明代の『本草綱目』には,この他「鹿角」,「鹿歯」,「鹿骨」,「鹿肉」,「鹿頭肉」,「鹿蹄肉」,「鹿脂」,「鹿髄」,「鹿脳」,「鹿精」,「鹿血」,「鹿腎」,「鹿胆」,「鹿筋」,「鹿磨」,「鹿皮」,「鹿糞」,「鹿胎」が薬用にされると記されている。(難波恒雄「薬膳原理と食・薬材の効用(2)」(『日本調理科学会誌』33(1), 2000年2月)CiNii 論文 -  薬膳原理と食・薬材の効用(2) : 薬膳に用いる身近な食物)

 とあり、鹿の角の膠から、糞にいたるまで、すべてに薬効があるとされる。とくに鹿茸(袋角)はその形状が男性器を連想させることから、現在も精力剤として人気が高く

 シカは『抱朴子』に「雄鹿一匹はよく牝鹿数百匹と遊ぶ」とあり,その精力の強さは,人間にとって垂誕の的であった。肉と合わせて,一見陽根に似た特異な形態で,その発育が速やかな「鹿茸(袋角)」を食べたら,一層効果があるという象形療法が考えだされた。(難波恒雄「薬膳原理と食・薬材の効用(2)」(『日本調理科学会誌』33(1), 2000年2月)CiNii 論文 -  薬膳原理と食・薬材の効用(2) : 薬膳に用いる身近な食物)

 とされている。

 中国ではニホンジカ亜属のマシュウジカ(梅花鹿,花鹿)の鹿茸を花鹿茸(黄毛茸)と呼び,アカシア亜属のアカシア(馬鹿,八叉鹿,黄轡赤鹿)の鹿茸を馬鹿茸(青毛茸)と呼び*3、この鹿茸など漢方薬の材料を得るための養鹿が盛んである。*4

 鹿の胎児(胎盤を含む)も漢方薬では「鹿胎」とよばれ

鹿胎とは梅花鹿或はワピチのメス鹿が妊娠期間で帝王切開により、出生して三日以内の幼児の乾燥品である。鹿胎の薬性は温和で、味咸(味がしょっぱい)、無毒で、漢方医学では「益肾壮阳、补虚生精」(腎によく壮陽する、強壮させ、精を益す)の効用がある)。*5

とされる。

 この鹿胎は、現在でも女性病の薬として飲まれており、百度の検索では鹿胎煲汤(「鹿胎と山芋のスープ」)のレシピが出てくる。

 鹿胎煲汤(「鹿胎のスープ」)

 原料:新鮮な鹿胎1個、山芋30g、补骨脂(オランダビユ)15g、大きい棗5個。
 作り方:鹿胎を洗い、塩で揉み、熱湯でしばらく茹で、冷水で数回洗い、適当な大きさに切って鍋に入れ、適量の白酒を加えて強火で炒め、適量の水などを加えて煮込み、煮汁で煮る。*6 

 また紫河車(ヒトの胎盤*7)と鹿胎を組み合わせたスープ(紫河车鹿胎汤)もある。

ヒトとシカのプラセンタスープ(紫河车鹿胎汤)

 材料:鹿胎1頭、紫河车(ヒトの胎盤)と巴戟天(ゼナ)各50g、豚の赤身500g、熟地黄(アカヤジオウの根を乾燥したもの)25g、枸杞(クコ)20g、ごま油少々。

 作り方:

1.鹿胎を洗い、血合いと残肉を取り除き、熱湯で湯通しし、ごま油で少し炒める。

2.紫河车を水に浸し、洗い(生を使う場合は血合いと腱を取り除くとよい)、水で何度も洗い、熱湯で茹でる。

3.豚肉の赤身を洗い、食べやすい大きさに切る。 巴戟天、熟地黄、クコの実を洗う。

4.大きめの煮込み鍋に材料をすべて入れ、熱湯を適量加えて蓋をし、鍋ごと蒸し器にかけてとろ火で3~4時間煮込み、ごま油と塩で味を調える。

5、食事と一緒に、1日1〜3回、1回150〜200mlを食べる。

効果:腎を補い、精を利する。 腎気虚、精血不足で、陰茎が短く細い、第二次性徴の発達不良、インポテンツ、不妊症、めまいや耳鳴り、腰や膝の痛みと脱力感、身虚、頻尿などに適する。(出典 「紫河车鹿胎汤」(健康饮食网https://baotang.tfysw.com/jiachangtangpu/7748.html

 日本においては産後、ヒトの胞衣を食べる文化はないが、中国ではヒトの胞衣も漢方薬としてとして認識されており、現代でも、

中国でヒトの胎盤取引が活況、栄養源として人気 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

伝統の「胎盤食」、高まる需要の陰に闇市場 中国 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

などとしてニュースになることがある。

 上記料理も、滋養強壮の漢方薬としてヒト胎盤と鹿胎を同時に食べることでさらなる効果の増強を図ったレシピだと考えられる。*8

 鹿胎は、鹿の胎児と胎盤を乾燥させたものであるが、鹿胎のエキスを抽出した鹿胎膏という薬もある。

 これは鹿胎エキスに紅参、当帰、益母草、熟地黄といった漢方薬エキスを合わせたもので、子宮の冷えが原因の月経不順や不妊症の治療に効くとされ、紹興酒(黄酒)と一緒に飲むと効果が高いとされている。*9 

 このように中国における鹿のハラコの利用は、食事というより、婦人病の漢方薬としての側面が非常に強いことがうかがえる。

 ただし、中国の場合、医食同源の言葉が示す通り、漢方薬は薬でもあり料理でもある。中国の鹿料理の観点からハラコ食の位置づけを次回、「鹿の胎児(ハラコ)を料理する(4)-「全鹿宴」と鹿料理 - 酒徒行状記」で確認してみたいと思う。

 

【追記1】

 twitterで鹿胎を検索すると『瓔珞<エイラク>~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃』という中国の時代劇ドラマで鹿胎が出てくるようである。

 筆者はこのドラマを見ていないが、老いを気にする皇女に皇后が鹿胎と黒砂糖を煮詰めたものを提供するシーンが出てくるそうである。

 twitterの書き込みでは鹿胎は臭いとする書き込みあるがどうなんだろうか? 

中国歴史ドラマ「瓔珞(エイラク)~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~」 第65話 - ブログで見よう! 女たちの泥沼ドラマ2022春

 

【追記2】

 国立国会図書館デジタルコレクションで鹿胎を検索すると、日本鉄鋼連盟業界紙、『鉄鋼界』で「鹿胎美酒」という記事があるのが見つかった。

 日本鋼管の内藤幸雄という人物が、インドネシアの華僑の家を訪問した際の記事である。

インドネシア人も華僑もあまり酒を飲まないがなぜかと問うた内藤氏に対して華僑が答える)「インドネシア人は酒を知らないが、中国人は酒を飲む。但し中国の酒を飲む。中国では酒を百薬の長と言い、健康や勢力の増進のためになるもので西洋のウイスキーとは全然違うものである」(中略)妖しげな感じがしたが、乾杯(コンペー)と杯を挙げる彼につれて、これも友好親善のためと思い、グーっと一息に飲んでみた。アルコール分は感じられたが、味は苦く、やはり酒というより薬といった方がよいようであった。美味いかと訊ねる彼にそのことを伝えると、彼はわが意を得たりと言う顔つきで「鹿胎児美酒」と書いた。

 とインドネシアの華僑から鹿胎を漬け込んだ酒を振舞われたことを記している。

 この酒には3匹の鹿胎が仕込まれており、胞衣や胎水も一緒に仕込み、精気の素であり百薬の長だとする。

 鹿胎を薬として利用する一例だと言える。(鉄鋼界. 31(4) - 国立国会図書館デジタルコレクション)

*1:なおこの諺は本来は広東人を諷したもの。「四条腿的板凳不吃, 两条腿的活人不吃, 天上飞的飞机不吃, 地上跑的火车(4本足なら椅子と机は食べない、2本脚なら両親は食べない、飛ぶものなら飛行機は食べない、地上の物なら列車は食べない)」などいろいろバリエーションがある。

*2:中国版Google

*3:辻井弘忠「日本の養鹿-全日本養鹿協会の活動から(5)」(『畜産の研究』61巻5号2007年5月)

*4:中国における養鹿、並びに台湾の養鹿については『日本鹿研究』6号2015年8月https://nihon-shika.info/wp-content/uploads/2017/07/shikaKen06.pdf、日本鹿研究8号https://nihon-shika.info/wp-content/themes/deer-society/pdf/shikaKen08.pdf が詳しい。

*5:崔 松焕、张宇、杨 福合「中国における鹿茸及び鹿産物の加工利用」(『日本鹿研究』6号2015年8月https://nihon-shika.info/wp-content/uploads/2017/07/shikaKen06.pdf

*6:鹿胎煲汤做法」(百度知道)https://zhidao.baidu.com/question/655877463194794725.html

*7:ただし、現在はヒト胎盤の入手が困難ななため、ウマやブタ胎盤で代用する場合もある

*8:なお、ヒトの胎盤食の文化の研究としてはこちらのサイトが詳しい。『迷路のネズミ : 薬膳としての胎盤食-でも効果は、精力剤

*9:「鹿胎膏怎么煲汤」(PCbaby百科)https://baike.pcbaby.com.cn/yycs/2003/4843484.html