酒徒行状記

民俗学と酒など

鹿の胎児(ハラコ)を料理する(5)-幡ケ谷龍口酒家の鹿の胎児と蛇のスープ

 承前

 鹿の胎児(ハラコ)を料理するということで、日本、中国の鹿のハラコ食の文化を見てきた。

 日本においても伝統的には、生薬または儀礼食として鹿のハラコを食する文化は存在し、また中国においても鹿の胎児は漢方薬の一種として珍重されてきたことが分かった。

 ではいよいよ実際のレシピの検討に移りたいと思う。

1.レシピの方針検討

鹿の胎児(ハラコ)を料理する(2)-ジビエブームと鹿のハラコ料理 - 酒徒行状記」「鹿の胎児(ハラコ)を料理する(3)-漢方薬「鹿胎」 - 酒徒行状記」でみたように、

  • 日本:鍋料理
  • 西洋料理:グリル・ソテー
  • 中華料理:湯

 で料理している事例が見つかった。

 西洋料理のグリル・ソテーも面白いが、ハンターの方のブログにもあったように肉質が柔らかすぎて、ただ焼くだけではイマイチかもしれない。

 いろいろ悩んだが、自分が中華料理好きというのもあるので、今回は中華料理のレシピででてきた「鹿胎煲汤」を参考に鹿胎山薬湯(鹿のハラコと山芋のスープ)で行こうということに決める。

 以前、新小岩の舒氏老媽蹄花で猪蹄山药汤(豚足の山芋スープ)をいただいたことがあったが、この豚足を鹿のハラコに変えたイメージのスープにするというのを大方針とする。鹿のハラコの肉質が柔らかいので、山芋のホクホク食感がうまく対比させられるかもしれないというアイディアである。

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舒氏老媽蹄花の豚足と山芋のスープ。とてもうまい。鹿のハラコだとここまで濃厚にはならないとは思うが、滋味を引き出したい。

 大まかな方針が決まったところで、料理のコツなどもあるかもしれない。twitterで親しくさせていただいている、井田太郎先生@isnRSK4JwEdazPTに尋ねると、私も時々伺う、龍口酒家の店主が確か満漢全席で鹿のハラコをたべたことがあるはずとのこと。

 よし、ここはプロに、料理のコツを聞きに行こう。 

2.幡ケ谷龍口酒家の鹿の胎児と蛇のスープ

 新宿と渋谷の区境、渋谷区幡ヶ谷には「龍口酒家」という中華料理の店がある。

 

龍口酒家 本店 (ロンコウチュウチャ) - 幡ケ谷/中華料理 | 食べログ

 

 ここのコックで店主の石橋幸氏は、千葉県出身。ホテルを中心に50軒以上の中国料理店で修業を積み、1983年にチャイナハウス龍口酒家として独立。薬膳料理への造詣が深く、様々な食材を「皇膳料理(皇帝の為の薬膳料理)」として提供している。

 また、作家南條竹則氏とともに、過去12~13回は、中国で満漢全席の宴会に参加したことのある人物であり、中国料理への造詣が大変深い方である。

 

龍口酒家の入口にディスプレイされた漢方薬の数々。アルマジロ、恐竜の卵、血燕の巣など、特殊な漢方薬もならぶ

 この店が特徴的なのが、ディナーにはメニューがなく、すべてシェフのお任せコースとなっている点である。

 前菜から始まり、お任せで次々と料理が出されていき、もし途中でお腹いっぱいとなったら、そこでストップし、〆の里麺(クロレラ麺)かチャーハンを頼んで終了となるという料理構成になっているのである。

 コース料理は日によって異なるが、自家製のチャーシュー、きくらげ、ピクルスの三種冷菜。黄韮の炒め物、蝦夷鹿と行者ニンニクの炒め物、干した茄子とひき肉の炒め、金心菜の炒め、猪肉と蕾菜ハマボウフウと金華ハム、といった季節の野菜を多く使い、また漢方の効能のある食材を組み合わせて出されることが多い。

 

前菜。チャーシュー・クラゲ、ピクルスの三色拼盤。このピクルスは本当に開胃菜(宴会開始の食欲増進料理)にふさわしい。

エゾシカと行者ニンニクの炒め。行者ニンニクの風味が蝦夷鹿の野味と相まって最高であった。

茄子と豚肉。茄子を一夜干しにしてから作っているとのこと。茄子の適度な歯ごたえと、ソースのしみ込みがとてもよい。
絶対家で真似しようと思った一品。

 また酒類もビールや紹興酒・サワーといった一般的な酒類に加えて、漢方薬を生かした、薬酒があるのが特徴である。

 たとえば下の写真は、蟻を白酒につけた蟻酒である(酒に浮かんでいる黒い粒が蟻)。白酒の風味の中、噛むと蟻酸の酸味がして大変美味しい。*1この酒は風邪に聞くと言われ、私もその昔、この酒を頂いて、風邪を治したことがある。 

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蟻酒。蟻のプチプチとした食感と蟻酸の酸味が面白い。
5.6年前、北欧のノーマというレストランが蟻を酸味付けに使うというのが斬新だと話題になったが、この店ではそのずっと前から蟻酒をだしている。

 また、下記は、鹿のペニスと虎の骨と肉茸(どのような種類のキノコか不明。中国の砂漠地帯に生えているらしい。)を白酒に漬けたもの。砂糖をいれていないのに、キノコのうまみで甘味を感じるという不思議な薬酒である。 

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虎の骨と鹿のペニスと岩茸の白酒。

 この龍口酒家はコース料理もよいが、なかには要予約の佛跳牆や、熊の掌等の特別料理もある。 

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毛を抜いて下処理中の熊掌。非常に下処理が大変とのこと。なお、左右の掌どちらが旨いというのは特にないそうである

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熊掌の肉球。とても固い。石橋シェフの話では、掌だけだと煮込みになってしまうが、前腕もあると冷菜が作れるとのこと。熊の腕の冷菜、食べてみたい…

 「鹿の胎児と蛇のスープ」も予約料理の一つで、石橋氏はかつて中国で満漢全席が出された際に、このスープを飲み、感銘を受けて店でも出すようになった。

 この店ではエゾシカのハラコを北海道から送ってもらい、またヘビは蔵前の蛇善から仕入れている。

 幸い冷凍した湯(スープ)があるとのことなので、試食させていただくことができた。 

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龍口酒家の鹿の胎児と蛇のスープ

 割とたんぱくな味付けで、漢方薬白身肉の風味の中にアクセントとして蛇のコクがある。いつもはマムシを使うが、今回はマムシが手に入らずハブで代用したが、蛇は毒のあるものなら何でもよいとのこと。 

 なぜ蛇と合わせるかと石橋コックに尋ねると、「鹿のハラコは、全く汚れや俗気がないものである。これには毒のあるものを合わせるのがよい」そうである。なるほど、鹿のハラコだけでは淡白に過ぎるので蛇でアクセントをつけるイメージだろうか。

 石橋コックのからアドバイス

 ・鹿のハラコは臭みは全くないから、あまり臭み取りはしなくていい。

 ・うちは料理屋だからモツは使ったことがない。

 ・7リットルくらいの水に、鹿と調味料を入れて、水を5Lくらいまで煮詰めれば出来上がり。

 ・調味料は唐辛子 3本、ニンニク1個、長葱 3本、生姜 1ケ。最後、塩で味付けする感じ。

 ・塩辛くしてしまうと台無しなので、最後の味つけは注意して。

 とのことであった。そして、石橋コックから、高麗人参と山薬(長いもの干したもの)までいただいてしまったのであった。

 やはり、プロの意見は聞くものである。

 

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龍口酒家石橋シェフから頂いたメモ。大変ありがたい。

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同じく龍口酒家石橋シェフから頂いた。高麗人参と山薬。
山芋は干すと非常に栄養が高くなるそうである。高麗人参を料理で使うのは初めてだ。白酒は自前のもの。奇しくも老龍口で龍口酒家リスペクトになった。

 次回、石橋コックのアドバイスを受けつつどのようなレシピを考案したかと、実食記録を書きたいと思う。

 次回、「 鹿の胎児(ハラコ)を料理する(6)-実食、酒香鹿胎山薬湯(ヂウシャンルータイシャンヤオタン)!(『鉄鍋のジャン』のノリで) - 酒徒行状記」へ。

 

【追記】実はこのとき一緒に龍口酒家に行った後輩君は鹿肉を食ったことがなかった。なので、龍口酒家に行く前に、鹿料理の店を見つけて、2品ほど食べてきた。 

 こちらの鹿料理も絶品だったので、また機会を見つけていきたいものである。

 幡ヶ谷 獣’sダイニング

 

www.hotpepper.jp

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鹿肉のソーセージ。

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鹿肉のレア焼き。とても美味。味付けの山ワサビの醤油漬けとイチジクのソースもよかった。あのソースは家でも真似したい。

 

*1:蟻は中国人民解放軍が資金稼ぎに集めると聞くが真偽は不明。機会があれば私も集めたい。