酒徒行状記

民俗学と酒など

鹿の胎児(ハラコ)を料理する(7)-鹿の胎児(ハラコ)を食べる意味

1.鹿の胎児(ハラコ)を食べる意味 

さて、長々と書いてきた鹿の胎児(ハラコ)を料理するシリーズであるが、いよいよ最後に、まとめとして、なぜこの文章を記そうと思ったか、個人的な見解を記したいと思う。

 

 日本・中国において鹿の胎児を食することは、生薬や漢方薬として認識されてきており、そんなに忌避されるものではなかったことはすでに見てきたとおりである。

 しかし、やはり現代の感覚からすると、鹿の胎児料理というのは、どうしてもゲテモノ料理、奇食に近い位置づけになってしまう。

 

 筆者自身も、動物の胎児を食べることについて、当初、全くの罪悪感がなかったわけではない。

 成獣や幼獣ならまだしも、生まれる前の胎児というのは、やはりヒトの赤子を連想してしまって、罪悪感を覚えるものである。

 また、筆者の個人的な事情になるが、筆者は趣味で、茨城の鹿島神宮に縁のある日本の古武道を長年稽古している。鹿島神宮の使わしめは知っての通り「鹿」である。趣味とはいえ、そういった武道流派に属する者が、鹿のそれも胎児を捌いていいのかとの悩みもあった。*1

 

 しかし、食文化を研究する者として「せっかくの希少食材をいただく機会を逃していいのだろうか。しかも食べるだけでなく料理までできるチャンスである」という好奇心が勝った。

 そして、せっかくの食材をいただくなら、きちんと鹿の胎児食の文化を確認し、「鹿の胎児を食べる意味」を考えたいと思った。

 また料理も、出来うる限りおいしい料理にしてあげて、それを記録として発信するのが、せめてものこの鹿の胎児への供養であると考えるに至った。

 

 現在、日本では、ジビエがブームになりつつあるが、有害鳥獣の駆除で行われたシカやイノシシの大多数は、食材となることなく、9割が、焼却・埋設され、廃棄されているという現状についてはあまり知られていない。

 

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平成27年度 捕獲頭数全体に占める、ジビエ利用のために処理された野生鳥獣頭数の割合(シカ、イノシシ)

 平成29年度の農林水産省の統計では、駆除されたイノシシ・シカのうち、食肉等に利用されたイノシシ・シカの割合は、イノシシが5%、シカが10%であり、9割が廃棄されていることが読み取れる。*2

 また、シカの繁殖期(12月から5月)に猟をした場合、80%以上の雌鹿は妊娠していることが判明している。*3一般的な猟期(11月15日~2月15日)に雌鹿を獲った場合、ほとんどの場合その胎児も捕獲されることとなるが、すでに見てきたように胎児は、ほとんどの場合利用されることもなく、廃棄されるのである。

 

 駆除・捕獲された動物(あるいはその胎児)を廃棄するのがいいのか、それとも資源として活用するのがいいのか、人によって意見は分かれるとは思うが、私は、せっかく獲ったものなら、出来うる限り活用するのがよいと考えている。

 

 狩猟で捕獲された動物が廃棄されてしまう理由については、

  • 食肉にするのが手間が大変である(仕留めて埋めた方が楽である)
  • 手間をかけて食肉にしてもコストがかりすぎ、利益につながらない

 などいくつか理由はあるが、消費者の側にも、食べ方や料理方法を知らない(そのため需要が発生しない)という問題点がある。

 「ジビエ、珍しい。おいしそう」というだけでなく、もしこのブログを読んだ方が、野生鳥獣の資源管理とジビエについて興味を持ってくれれば、私にとっても、今回、食材となった鹿の胎児にとっても幸いだと思う。

 

2.おまけ

 まじめな話で肩が凝ったので、おまけ。

 鹿の胎児を料理した日、ついでにA-sukeさんが、親鹿の料理も作ってくれた。

 一つは鹿肉のポロネーゼ。

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親鹿のポロネーゼ

 

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親鹿のジャーキー

 いずれも、胎児が入っていた方の親の雌鹿を料理にしたものである。少し大きめにひき肉にした鹿肉のソースが非常に旨い一品。(正直、酒香鹿胎湯より旨かったと思う)

 またジャーキーも、赤身肉の味がしっかりして、ちょうどよい固さであった。

 

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トゥリガナシオナル、シラー。たまたま頼んだがエチケットが鹿だった。

ちなみに、ポロネーゼに合わせるために赤ワインを頼んだが、偶然にもエチケットが。鹿だった。ワインとポロネーゼ最高である。 

 

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中華風鶏の冷菜

 

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中華風鶏の冷菜のたれを作る。ラー油、唐辛子、オイスターソース、老干媽、白酒、ニョクマムを混ぜて煮詰め、中国黒酢と砂糖で味を調える。(今回は黒酢がなかったので二杯酢で代用)。

 これは自作の中華風鳥の冷菜。私の得意料理である。コツは下味にたっぷり生姜とニンニクを刷り込むことである。

 万が一、鹿胎のスープがうまくいかなかった時の保険に作って持っていったのだった。タレは、鹿胎のスープの味変用にも使うことができた。

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漫画『スローループ』作者のサインの入ったクリームドカシス。カシスウーロン久々に飲んだ。

 実はBASE CAMPはフライフィッシング漫画『スローループ』の舞台にもなっていて、作者の方もよく飲みに来るとのこと。

 今回の鹿の胎児を料理するイベント、常連客の方が中心であったが、一人、聖地巡礼に見えられた方もあったので、鹿の胎児のスープやブレンズなども食べてもらう。

 聖地巡礼に来ただけなのに、急に、とても変わったものを食べさせられてさぞやびっくりしたことと思う(普段はアウトドア系の料理をだすおしゃれなお店です。念の為)

 

3.謝辞

 今回のブログ記事を書くにあたっては下記の二人に、大変お世話になった。あらためて謝辞を申し上げる。

 まず、貴重な食材を食べる機会をくれた、BASE CAMP

www.cafe-basecamp.com

店主(@A_suke_BaseCamp)さん。

 大変面白い企画になりました。また面白いものを手に入れたら料理しましょう。

 

 また料理方法の相談に乗ってくださった龍口酒家

tabelog.comの石橋幸シェフ。料理方法を教えていただき、大変参考になりました。また高麗人参と山薬ありがとうございます。いつか熊の掌と前脚の冷菜をいただきたいと思います。

 

ではではみなさま、今後ともよい酒を。

*1:なお、諏訪大社に鹿食免(参考:鹿を食らう。縄文時代から続く狩猟の文化「諏訪大社と鹿信仰」の秘密|〈日本に根付くジビエの食文化〉 | 男の隠れ家デジタル)を貰いに行こうとも思ったが、考えれば諏訪の神さんと鹿島の神さんは古事記で戦った仲である。諏訪の神さんにわざわざ免状をいただくというのもおかしいので、それはしなかった。

*2:トピックス3 消費が広がるジビエ:農林水産省。なお、本統計には猟師の自家消費は含まれていないが、それでも食肉利用はそこまで増えないものと考えられる。

*3:松金(辻)知香 横山真弓「兵庫県における高密度下でのニホンジカの繁殖特性」(『哺乳類科学』 58(1):13-21,2018)