酒徒行状記

民俗学と酒など

斎藤酒場

職場の同僚と連れ立って板橋は十条の斎藤酒場へ行った。
普段は十条なんてあまり行かないのだが、太田和彦の「超居酒屋入門」を読んだのと、先月、手に怪

我をして、搬送された十条の病院に診察を受けに週一で通っているため、折角なので行ってみようと

思ったためであった。
同僚は少し遅れてくるというので、少し早く店に入る。藍地に大きく「大衆酒場」と染め抜かれた暖

簾をくぐると、店はまだ6時になるくらいだというのに、大分混んでいた。
店に一番奥にちょうど人数分席が空いていたので、座らせてもらう。お品書きが遠くて見えにくいが

、店が一望でき、なんとも気持ちがよい。開けられた窓からは、さっきの暖簾とおんなじ色の空と、

行き交う人が見える。
 雨は降っていなかったものの、じめっとした気温を振り払うために、生ビールを頼む。
 お通しは、野沢菜のきれっぱし。少し細いが、青い色がみずみずしい。
 ビールをあおる。のどに心地よい。人を待っているというのに、瞬く間に一杯目を飲み干し、2杯目

を頼む。ひとごこちついて、隣を見ると年の頃は50がらみ、中年の親父が慣れた態度で燗酒を呑んで

いる。手には黒の地紙の骨太な扇子を持ち、扇ぐでもなく、呑む合間合間に弄んでいる。この酒場に

似つかわしい親父だ。
 机は大きなのが2つ、中くらいのが二つ。どれも年季で黒光りしている。壁に目をやると。木製の酒の看板がかけられている。「正宗」と書かれた字が年季にも色あせず黒々としている。古い茶色い壁紙で、ともすれば陰気になりそうな店内だが、腰の高さぐらいに鏡を張り、少しでも広く明るく見せようとしている。繁盛している活気と、きびきびした店員さんの対応が気持ちがよい。
 ビールの二杯目半ばで同僚が来、乾杯をする。同僚の方のお通しは落花生だった。
 ツブ貝、刺身、カレーフライ、串かつなどを頼む。どれも安く旨い。刺身のマグロは自分の手塩皿で、ヅケにして食うと味が変わってよかった。ツブ貝、串でくるくるっと身を貝殻から出すのに苦労したが、そのぶんワタが旨い。
 同僚はビールをやめ、泡盛に移っている。私も樽酒を飲む。
 この同僚は今年は入った新人なのだが、酒が非常に飲めるのだ。コップに一杯なみなみと注がれた泡盛をぐびぐびと飲んでいる。新たな飲み友達ができたと頼もしく思う。
 樽酒も、冷酒と同じようにグラスコップとガラスの受け皿で出てくる。木の香りが涼しく感じられる。
 しばらく呑んでいると、もう一人、職場の先輩が、合流すると電話を寄越してきた。飲み友達に恵まれるのは有難い事じゃ。
 先輩が来たら、カレーコロッケと串揚げをもう一皿頼もうと思う。この二種類の揚げ物は名物と聞いてきたが、実に旨く(かつ安く)良いのだ。特にカレーの味は、昔の懐かしい、あまり辛くないカレー粉の味で、樽酒ともよくあっていた。
 今度から、病院に来るときは帰りはここに寄ろうと心に決めたのであった。やはり、昔ながらの居酒屋はいいものじゃ。