酒徒行状記

民俗学と酒など

【2024年3月前半】今月の一日一論文:「柄澤照覚の神誠館と高島暦」「地理的視点とご当地グルメ」「柳田国男と感染症」「女歌舞伎図の研究」ほか

【2024年3月前半】今月の一日一論文。

 3月前半は「アウトリーチ」「ものもらい」「杖太刀」に関する論文を読んでいた感じである。

 3月はバタバタしてたり、花粉症で体調最悪でいまいちだったが、改めて整理すると、なんとなく、結構今後の研究に繋がりそうな論文を読んでいたような気がする。

 投稿しようと思ってる生活改善運動の論文が勿論最優先なんだけど、やることは多い

 今回のアイコンはものもらいの俗信をテキストマイニングで分析したもの。

 

【宗教学】

#一日一論文 今井 功一 「柄澤照覚の神誠館と高島暦──易・暦書出版と宗教の接点──」 

 友人が書いたので読む。

 明治30年代から昭和20年代にかけて民間暦や占術本を出版し、書籍商・陰陽大博士を名乗った柄澤照覚について業績を整理し、特に彼が出版した「高島暦」について研究した論文。

 現在、高島暦と呼ばれるものには(1)高島嘉右衛門の易をもとに吉凶をしるす、あるいは高島易断の名を借りた暦書または暦類似書(2)高島易断の名を冠する組織(実際に関係性があるかは問わない)が発行したものの二種があるが、本論文ではそのいずれも柄澤照覚の「高島暦」刊行が端緒となったとする。

 柄澤照覚は明治34年神誠館を設立し、『高島易断』や高島呑象校閲『易学大博士』』を<勝手に>刊行し、その後『暦の友』『御重宝』といった略本暦類似書を発行し、ベストセラーとなる。

 これは神宮館など後発の出版社に影響を与え、彼自身も、官憲の目をうまく「ごまかし」ながら戦時中まで暦書を出版する。また薬の販売や、各種易断・占いのマニュアル本を出版するとともに、御嶽教支部として神誠教本部を立ち上げるなど、現代のオカルト本出版社にもつながる業績を残す。

 本論文は戦前期の市井の怪しげなオカルト業界の人物の事績を明らかにするとともに、従来「暦」の観点で研究されてきた「高島暦」を、重宝記(江戸期からの生活の便利書)の一つとして検討できる可能性を指摘した点に意義がある。

 柄澤の暦について重宝記だけでなく大雑書などとの関連も伺えるのではないかと思わされた。 今井功一氏は歴史民俗資料学をを専門とし、富士講神道教派の實行教や埼玉県南地域に伝わった富士講との研究を行っている。あと大のプロレス・格闘技好きでもある。 

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【食文化】

#一日一論文 稲井千紘 「本物」のタイ料理とは? ~料理が織りなす社会関係~

 「本物のタイ料理」について⾷習慣や⽂化を基盤に料理を通して広がる社会関係も含んだものと定義し、タイ料理の概要、食習慣をまとめたうえで、茨城県つくば市の「タイ料理レストランつくば」(サタボンレストラン)の参与観察を行った論文。

 また、本論文の筆者は本来ラオスの農園をフィールドとする予定だったが、COVID-19の影響により、卒論作成の時期にラオスには行けなくなった。このため事前調査を「ラオス飯をめぐるつながり」としてラオスの食の印象を付録としてつける。

 いずれもフィールドノートに近い記載だが、肩ひじ張らずに読めて面白い。こういうのフィールドで一番楽しいよねーと思いながら読む。

 本論文のこの表は参考になった。

表1

表2

 タイ料理屋のおばちゃんの「タイ語が話せる」「タイに行ったことがある」「タイ人と同じ辛さの料理が食べれる」ことが「コンタイねー(タイ人ねー)」とする定義は面白い。 またラオスが飲みニケーションの盛んな国とは知らなかった。いちどビアラオを飲みに行かなくては。ホビロンも食いたい。

 ちなみに昨日食べたタイ料理はこの店。現地味というより、日本人に合わせた感じじのとても上品な味であった。ソムタム(パパイヤサラダ)、ガイヤーン(鳥焼き)やカノムパンナークン(長崎のハトシに似た料理。トーストに海老のすり身を合わせて揚げる)など食べる。

カノムパンナークン(長崎のハトシに似た料理

ガイヤーン(鳥焼き)

ソムタム(パパイヤサラダ)

【食文化】【中華料理】

#一日一論文 日野 多賀子, 梶本 久子 成都同仁堂の薬膳料理 

 中国成都の老舗漢方薬局同仁堂の薬膳料理と薬膳についての概説を記したもの。 本論文によれば薬膳料理 は薬酒,飲料,本菜に大別されるとのこと。 薬酒は「約3000年前の商時 代 にすでに用い られていた」とのことで、医師淳干意の事績などを書く(論文中、淳千意とあるは誤字)

 参考:淳干意伝

 ただ、本論文では指摘されていないが、食事で健康を保つ・養生を行うという考えは「食養」「食治」「食療」として古代より存在したが、薬膳という語は現代のものであることに注意。

 漢方薬を積極的に料理に取り入れて、薬効を図る「薬膳」は、1980年代この成都同仁堂(当時は滋補薬店)が他の漢方薬屋との差異化のため考案し、「薬膳餐庁」と大々的に売り出して人気を博したのがスタートとされる。

 参考:健康ニュース

 なお、同仁堂は北京同仁堂と成都同仁堂があり、成都ではライバルとして向かい合って建っているとのこと。

 北京同仁堂は1669年創立、成都同仁堂は1740年創立、北京同仁堂は1989年「馳名商標」(ブランド商標)だが、成都同仁堂は1996年「中華老字号」(中国老舗)の授与のみで商標保護はなしとのことである。

 文中の「竹破れれば竹で補い,臓は臓をもって補う」について。前半の「竹破れれば~」は宋代の詩人薛式の「西江月」の「竹破须还竹补,人衰須仮鉛全」(竹笊などが破れたら竹で補う。人が年をとったら化粧品を頼る)から

 後半の「臓は~」は「以臓」補臓で薬膳ではよく使われる概念。「ある臓器を補いたいなら、その臓器を取り入れよ」の意味。私はこれを信奉してるので、肝臓にいいと思ってレバーをよく食べている。(コラーゲンは胡散臭いと思っているけど、こっちの格言は信じている)

 日野多賀子氏は梶本久子氏と共著で,インドや中国の少数民族の食生活や離島の食生活についていくつか論考(「Arunachal Pradeshと居住する少数民族の生活について」「中国小数民族における食生活の調理学的研究」など)を書かれている

 梶本久子氏の主な研究は不明だが、この調理科学のコラムで「ウスワイアUSHUAIA(世界最南端の街)の味」を執筆している。羽衣国際短大は短大でも中国語や中国文化に関する科目が置かれていたというので、そういった国際的な科目を受け持たれていたのではないかと思う。

【食文化】【地理学】

#一日一論文 高木亨「イカ」すはなし―福島県北地域のいかにんじん(ご当地グルメで風土を理解する

 今日は有料電子書籍から。月刊『地理』に連載に連載していた「ご当地グルメから風土(フード)を理解する」の記事の一つ。 いかにんじんは、福島の県北で主に食べられる郷土料理。細切りにしたするめいかとにんじんを、醤油、砂糖、酒を煮た調味液に炊いて漬けたもの。

 料理の起源についてはこの記事にもあるが、梁川藩伊達市梁川町)と松前藩(北海道松前町)の国替えにより北海道の松前漬との関係性が言われるが詳細は不明。 このレポートにある通り梁川を中心に、県北地域から宮城県南部にかけてが発祥地ともされる。

 このほか本レポートでは、10月の飯坂八幡の例大祭福島市飯坂町。通称けんか祭り)と正月の2回に各家庭で漬け込むなど、冬や正月の家庭料理だったものが、2000年頃商品化。贈答の機会などにより県外では、夏の食べ物と思われている節がある点や、創作料理の発展について触れる。

 この『ご当地グルメで風土を理解する』の連載、他のご当地グルメ本が「あくまで「ある場所に店がある」(その場所がどこにあるかは重要でない)「おいしいもの」」で構成されることを批判し、地理的な視点から「ご当地」の意味を問い直す連載となっていて、非常に面白い

www.kokon.co.jp

 ちなみに私はこのいかにんじん、全く知らない料理だったのだけど(一度会津の東山温泉の朝ごはんで食べた気もするが、そのころは意識していなかった)、この連載を読んで知った料理。 ちょうど地理学の講義を始めたころだったので、学生さんに地理学の研究例として、このレポートを読んでもらった。

 高木亨氏は醤油醸造業と地域の味覚との関係性、地域資源(地域性)と地域ブランドの研究などを行う。論文に「醤油を中心としたまちづくり〜石川県金沢市(大野町)」(地域魅力を高める「地域ブランド戦略」所収)などがある

髙木 亨 (Akira Takagi) - マイポータル - researchmap

 なお、いかにんじんに関する記事としては「福島民友新聞 【食物語・いかにんじん】 ルーツ謎めく名脇役 素朴な味わいと食感」などもあるが文献は少ない。

www.minyu-net.com

【地理学】【アウトリーチ

#一日一論文 長谷川直子 地理的視点とご当地グルメ(『ご当地グルメで風土を理解する』所収)

 地理学的な視点を一般の人に普及させるにはどうしたらいいかという観点から、ご当地グルメを題材のその地理的背景を一般に広める試みを記した論文。 一般社会での地理のニーズが相当あるとし、子どもへの教育はそれなりに進んでいるが、社会人向けのアウトリーチが少ないとする。

 その上で開発型のご当地グルメ(地域振興のために新規開発されたごもの)は「その土地の背後にある文化や風土までも味わう」という観点が不足していることを指摘し、本連載の企図を「ご当地グルメの地理的背景を知ってもらうことで結果的に地理の素養が身につく」と説明する。

 ご当地グルメが実は地理と切り離されているという指摘は鋭く、その上でご当地グルメを地理と再接続してアウトリーチとして活用する視点も賛同できる。私の地理学の講義では学生に地域をイメージした味噌汁を開発してもらうという課題を例年行っているが、初回ではこの論文も読んでもらおうと思う。

 ただ、一方で、こうした食文化系の研究はややもすると好事家の研究とみられたり、学問成果に直結しにくいものとみられる傾向もある。素養を身につけるだけでなく、学問とは何かを考えてもらうところまで行かねばとも自分自身は思っている。(民俗学における食文化研究の視点も異なるものとなるだろう)

 長谷川直子氏は自然地理を専門とし近年は地理学のアウトリーチについて「地理×女子=新しいまちあるき」「地理女子が教えるご当地グルメの地理学」などの論考や著作を行っている。 日本地理学会では地理学のアウトリーチ研究会のコアメンバーとしても活躍されている。私も機会見て入てもらおうかしらん

 

#一日一論文 長谷川 直子,植木 岳雪,早川 裕弌, 特集「地理学のアウトリーチ」によせて

 アウトリーチを「国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め,かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため,研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動」と定義し、アウトリーチ自体は活動であり研究ではないことが多いため,研究者自身にはアウトリーチを行うことに対するインセンティブが働かない」という問題点に触れる。

 その上で、「業績評価の重要項目として位置づけられている学術雑誌上での査読付き学術論文が執筆できる機会を増やし,「アウトリーチは業績にならないから」とアウトリーチ活動に取り組むことを躊躇することがないような環境作りが必要がある」と提言するもの。

 2024年現在、地理学はアウトリーチの機会も多く、長谷川先生たちの活動により論文も増えているが、民俗学の方ではアウトリーチはまだ普及していないように感じている ※私も「アウトリーチとしての「民俗学巡検」のすすめ」なんてのを書かせていただいてたりはするんですが。

researchmap.jp

 日本にきたときから「学問」だった地理学と在野の学で始まった民俗学では自ずと方法や必要性は異なるが、一般書を書くにとどまらないアウトリーチを模索する必要があると思っている。 WEBを活用した研究会やVtuber等による民俗学講義も視野に入れて、民俗学アウトリーチの現状整理が必要かもしれない

…というかこの#一日一論文も一応、アウトリーチの一つだと思っていたり(民俗学だけじゃないけど) あ、昨日迷っていた「地理学のアウトリーチ研究グループ」ML入れてもらいました。 実は日本地理学会入っていなかったけど、これを機に入るか…春季学術大会は間に合わなかったけど。

 

#一日一論文 長谷川 直子 横山 俊一 学生主体の地理学のアウトリーチ

 論文筆者は女子大の学部の地理学コースでまちあるきガイドマップの作成を行い、『地理×女子=新しいまちあるき』として刊行を行ったところ、数千部という予想以上の売れ行きとなった。この反響により、『タモリ倶楽部』等TVやWEB記事等による取材を受けた。

 本論文では、地理学を女子と組み合わせたことで,地理学に興味のなかった層へのアプローチになり、地理学を志す中に女子がいるという認知の効果があったが、一方で発信意図を誤解された反応もあった。筆者は研究者(専門家)と学生が役割分担をしながらアウトリーチが進めるべきとまとめる。

 『地理×女子=新しいまちあるき』は、Twitterでも話題になり、私も非常に面白く読んだ。 地理学の面白さを伝える事例として講義でも使えるかなと思ったのだけど、私自身が面白さをうまく消化しきれず、自分の講義では「こういう本がでたよ」という紹介のみに終わってしまった。

 「社会の反応がどのようなものであるかは正確には予測できないところがあり,リスクがあることを承知の上で話を受ける覚悟を,教員も学生も事前に認識しておく」は重要な指摘と感じた。また「非専門家の発信を一律に否定するのではなく,学生ならではの発信効果を認めていく」というのも重要である。

 『地理×女子=新しいまちあるき』には電子版は今でも購入可能。

www.kokon.co.jp また今度東京大学地文研究会地理部より『発見! 学べるウォーキング 東大地理部の「地図深読み」散歩』というのも刊行されるとのこと。両者を比較して検討してみたい。

民俗学】【感染症

#一日一論文 石井正己 柳田国男感染症

 感染症対策が不十分な時代として、柳田も周囲の人を感染症で失う。しかし柳田は民俗学の対象として感染症をあまり対象にしなかった。 柳田が感染症の本質に迫った論考として「モノモライの話」がある。民俗語彙をもとに「(モノモライは)治すために物を貰って食べる習慣があった」とする論考である

 石井論文はこれを、当時新学問であった民俗学が揶揄されたことに対する批判であるとする。 感染症民俗学の対象とならなかったのは、柳田が民俗学を「昔のこと」を調べる学問だと定義したためであるが、「(新型コロナの流行)に応えるため境界を越えて民俗学の再構築を図らねばならない」とまとめる

 私自身がモノモライになったので読む。冒頭の後藤総一郎や、柳田兄の俊次のエピソードは知らなかったので参考になった。ただ、柳田が民俗学を「「今のこと」に結び付けてはいけない」と考えていたとするのは、もう少し検討がいるかもと思っている

 また、昨日、俗信DBからモノモライの俗信のテキストマイニングを行ったが、必ずしも「貰う」という行為が大きくは出てこなかった。モノモライの「貰う」に柳田が注目したのは卓見だが、実際の俗信では小豆や櫛の呪力で治すという方が意識されたのではないかとも推測されるがこれも要検証である

「ものもらい」の俗信の共起ネットワーク。
小豆や櫛の呪力で治すという意識読み取れる

同じくものもらいの俗信の対応分析。

 石井正己氏は柳田国男研究者として筑摩書房柳田国男全集』の編集を行う。(全集いつもお世話になっております。)

 また遠野物語の誕生など遠野物語や東北の研究で著名である。調べたら西東京市文化財審議員にもなられていた。

石井 正己(いしい まさみ)さん - 西東京市図書館

 その他ロート製薬がものもらいマップを作っているのを知る。これも面白い。ここら辺も確認したい。

jp.rohto.com

感染症】【通貨】

#一日一論文 岩崎 浩 銀行券と感染症

 本論文によると、銀行券を介したウイルス感染の可能性は,個人間の接触よりも低く,吊革,ドアノブ,手すり,タッチスクリーンや PIN 入力パッド等に触れることより低い。

 しかしCOVID-19のパンデミック時に明らかになったように、対面決済を行うことへの不安から,コンタクトレス決済が伸長すると予想.またロックダウンでは,非常時として現金を保管する傾向もみられることから,銀行券は今後も信頼できる効率的な決済手段として他の決済手段と並んで存在するとのこと。

 COVID-19の時に紙幣により感染症が拡大するという言説が流れたが、紙幣から感染症が広がるリスクは低いことが明示的された。 WHOが紙幣からCOVID-19が広がるという俗説に対して「俗説撲滅キャンペーン(WHO, Mythbusters)」というのを行っているの、ほかにどんなキャンペーンをしたか確認してみよう。

 またクリーンノートポリシー(汚損紙幣の交換)の中で、一部の国では感染リスク低減も導。加熱や紫外線照射などの方法があるが、中国では,AERISという超臨界二酸化炭素を利用した洗浄を行ってる「各国でテストが繰り返されているが,中国以外での導入は不明」とのこと。なんか無理やり入れた感じが…

 超臨界二酸化炭素についてはこのサイトが門外漢にもわかりやすい。コーヒーのデカフェなんかにも使われる技術なんだ

おいしいカフェインレスコーヒーをつくる鍵は"超臨界技術" 【高校生の身近な科学】│リケラボ

 岩崎浩氏は国立印刷局の紙幣印刷用インキの専門家。論文に「最新偽造防止技術」「世界の銀行券におけるデザインの変遷(前編)」などがあり、ベトナム国家銀行での紙幣印刷用インキ開発のアドバイザーなども務めた。

「変わるベトナム国家銀行」

https://www.jica.go.jp/Resource/publication/mundi/1705/ku57pq00001zwiky-att/06.pdf

【武術】

舘野, まりみ 女歌舞伎図の研究

 居合道家町井勲氏@IsaoMachiiが「杖太刀」に関する論考を紹介していたので読む。

 本問題、この#一日一論文を投稿した時には、「「杖太刀」の所作が行われていたか否か」「杖太刀を忌避する感情はあったか」という観点から考えていたが、むしろ今は「太刀や刀を杖のように突く所作は何を表象するか」という問題なのではと思い始めている

 舘野論文でも記載されているように、歌舞伎踊りなど、「芝居では」刀を杖のようにつく所作は確実に行われていた。

 私自身はまだ錦絵を見始めた段階だが、錦絵でも刀を床または地面につく所作の絵は「曽我の箱王丸」など見ることができる。ただその数はそこまで多くない。

 

曽我の団三郎 助高屋高助、曽我の箱王丸 市川団十郎(文化2(1805)年2月)
国立歴史民俗博物館 錦絵データベース H-22-1-1-8)

  これらの絵を見ると、まだ仮説(以下の思い付きレベル)ではあるが、かぶきなどの踊りや芝居での杖太刀の所作は

  ・かぶきおどりの杖太刀:かぶきものであることを表象

  ・歌舞伎の杖太刀:芝居の中で、豪傑あるいは荒くれ者であることを表象

 しているのではないかと思っている。

  ただ、あくまでこれは踊りや芝居のなかでの表象であって、現実の武士がどこまで、「杖太刀」の所作を行っていたか、忌避していたかについては、古写真コレクションの精細な調査などが必要だと思っている。

 そこら辺を踏まえつつ、当時投稿した#一日一論文をば。

 刀を杖のように突き腕を載せる「杖太刀」の所作について、居合術家町井勲氏が「『杖太刀』が近年の創作であることが館野まりみ氏著『女歌舞伎図の研究』で明らかになった」趣旨の発言があったため、気になり読む。

 本論文は、女歌舞伎(阿国歌舞伎、遊女歌舞伎)の図像に着目し、女歌舞伎の図像が、女性が観賞画の主題になることがまれであった中世以前の伝統を変革したものとして、女歌舞伎の図の意味や役割、また同時代の鑑賞者がどのように捉えたかを研究した論文である。

 本論文では、「杖太刀」の図像は阿国の「かぶき物」や遊女歌舞伎にも見え、遊女歌舞伎が阿国歌舞伎のポーズを進化させ舞台映えがする形として取り入れたとする(p.33) この記載を見る限り、町井氏の「『杖太刀』が近年の創作である」という趣旨の記述は確認できなかった。

 本論文の記述を読む限り ・「杖太刀」は近年の創作ではなく、

 ・慶長・元和年間には図像資料に見える。

 ・芝居の所作に取り入れられるくらい、「杖太刀」をすることに人々の抵抗はなかった。

 と解する方が良いのではないかと思う。

 本所作が芝居やかぶき者独特の所作であり、武士には忌まれたと推測する意見もあるかもしれないが、それは本論文の検討範囲ではないものと思われる。

 杖太刀の所作の議論については、twitter上の議論であるが、以下のまとめが詳しい。

 なお、町井氏は思文閣版の書籍を参照したと見え、今回確認した博士論文の方では、p.51、52は「杖太刀」に関する記載は見えなかった。

 思文閣版の方には加筆などがあるかもしれない点は注意を要する。

 また「杖太刀」の語は正式な学術用語ではなく、武術流派天心流の用語である旨も補足する

 舘野まりみ氏は近世初期の美術史を専門とし、「「出光美術館蔵「桜下弾弦図」をめぐるいくつかの問題」」「歌謡音楽のビジュアル化 」などの論考がある。

 

また、この#一日一論文投稿のあと、町井氏からも意見をいただいたほか、相外飛龍水月 (@aihadure_chan)氏など複数の方からも意見をいただいた。

 

 現時点ではまだ調査中ではあるが、ひとまずの現時点での議論の記録として掲載する。

 町井先生をはじめ、ご意見くださった方々には改めて御礼申し上げます。