酒徒行状記

民俗学と酒など

ヒキの悪い日

 自慢ではないが、不思議と旨い店を見つける嗅覚が自分にはあると思っている。
 中野の「ジョージアムーン」なんかもネットやガイドブックなどを見ずにたまたま自分の嗅覚で開拓した名店だし、池袋の日本酒月星を看板にした居酒屋(店の名前はいつも覚えられない)だって、店構えから推測して「えいやっ!」と飛び込み、こんな値段で旨い刺身が食えるのかと驚いたものであった。
 しかし、夕べはいつになくその勘の鈍った日であった。


この日は門前仲町で友達と落ち合って呑みに行った。相手はこのブログでも時々出てくるS氏である。今日は平日なのに、何故同じ職場のS氏とわざわざ門前仲町で落ち合ったかと言うと、S氏が甲子園の大阪桐蔭のテレビ中継を見るために、わざわざ早退したからであった。
 改札で落ち会う、とS氏すでに半分出来上がっている。なんでも試合を見ながらビールを4缶空けて(缶のサイズを聞き忘れたが多分500ml缶だろう)、しかも途中で酔って寝てしまったのだという。よう呑むやっちゃ。
 さて、今回なぜ門前仲町で落ち合ったかというと、東京の居酒屋名店ガイドブックなどに必ず名前の挙がる「魚蔵(仮称。今回の記事は店の悪口なので全て店名は仮称にしています)」というお店があり、是非一度行ってみたかったからだ。
 待ち合わせは18時半。そそくさと「魚蔵」に向かうも、すでに店の前には行列ができていた。
 待とうかとも思ったが、あらかじめ「魚蔵」に入れなかった時用に「半七(仮称)」、という店をネットで探してあったこともあり、そちらに向かう。思えばこれがその日のヒキの悪さの始まりであった。


 「半七」は日本酒を渋く飲ませる店として居酒屋好きには知られているらしい。
但し、店にはいろいろ掟があるらしく、「初めのオーダーは必ず一人につき1合頼む事(一合徳利で出すが、それでも一人1合は頼まねばならない)」「つまみは1人前でこしらえてあるので、つまみを分け合わってはならない(行く前に参考にしたサイトではこのように記されていたが、実際には同じグループ内ならば良いのか、我々は注意されなかった。これが通常の運用によるものか、たまたまその日は気づかれなかっただけのか不明)」「日本酒を飲めない人は入店不可」ということが、わざわざ店に張り紙してあるのだ。
 基本的にこういう頑固親父系の掟のある店ってのは好きではないので普段は行かないが、この日は「まあ、掟をわざわざ張り紙にするくらいだから、よっぽど日本酒にこだわりがあるんだろう」と思い、行ってみたのだった。
 だいたい、一合徳利で出しておきながら、一人一合ずつ頼めってのは変な話である。そんなことをしたら、徳利独特の「差しつ差されつ盃を酌み交わす」ってのをするなと言ってるようなもんじゃないか、などと考えながら店に入ったのだが、なんとも期待はずれというか、肌に合わない店であった。
 肌にあわない原因は3つ。
・掟が気になってあんまりくつろげない。
・つまみが高い割りに量が少ない(味は上品でうまい。たとえば葱鮪焼きは山椒が旨く利いて、実にさわやかな味であった。しかし一皿950円で小皿に小さい身が2切れ載っているだけである)
・日本酒にこだわりがあるのかと思いきや、全然そんな感じではなかった。店には三千盛・田七・浦霞など地酒の中の有名銘柄が8種ほどあるのみ。たしかに美味しい事は美味しかったが、なんとなく「有名所をとりあえず集めてみました」という感じで、いまいちこだわりが見えなかった。何より腹がたったのは、銘柄の違う酒を頼んでも、お猪口は取り替えてくれない。安居酒屋ならいざ知らず、掟まで作って日本酒を呑ますんだったら、そんぐらいしろい!


というわけで店を小一時間で出て、も一回「魚蔵」に並びなおす。ところがここでもエライ目にあったのであった。
もともとこの店は大衆酒場の有名店であり、古きよき居酒屋として、なぎら健一や太田和彦などの居酒屋ガイドには必ず出てくる店である。しかし、ネットなどで調べると「店員の愛想がひどく悪い」と言われ、「店員の態度さえ我慢すれば、魚介類が豊富で安くて旨い店」忠告されている店であった。そのため、我々もその点については覚悟をしていったのが、それでも度を越して腹のたつ点があった。それは、有名店で毎日行列のできる店であるにもかかわらず、ひとつも行列の管理をしない点である。
魚蔵は大通りに面したビルの1Fから4Fまでを有する店である。そのため店には、提灯のぶら下がった店側の入り口と、店側入り口のすぐ脇の、ビル側入り口の二つがあり、このビル側入り口もやはり1Fの店に入れるようになっている。
大抵、入店する客は大通りに面した店の入り口で行列を作るようなのだが、今回見ていると、ビル側入り口にも行列ができていた。当然、店員が行列を一つにまとめるのかと思いきや、店員は一切そんなことをせず、列ができるままにしているのであった。しかも先着順ではなく、一人分の席が空けば、「お一人の人いますかと」両方の列に聞いて、先に手を上げたものをその席に着かせるということをするのである。そして、この店は2Fから4Fまで店舗があるものの、上の階の空席状況を店員が把握して上にまわしたり、待ってもらったりしている様子はなく、行列に対する態度も「待たせて悪い」という様子はなく、「旨いものを食わせてやるんだから、おとなしく待ってろ」という風であった。
この姿を見て我々は憤慨し、結局この「魚蔵」には入らなかったのであった。


2軒も(うち一軒は並ぶだけで入らなかったけど)、ヒキが悪かったので今度こそはと思い、「魚蔵」の近くにあった「朝月(仮称)」という店に入る。
しかしここも、前の二つよりは値段も手ごろ味もそこそこ(挽肉とチーズと紫蘇の入った、朝月特製春巻は旨かった。香辛料でも入っているのか、カレーみたいな味がするといったら、「カレーなんか入ってないわよ」となんだか馬鹿にされたように言われたが、まあこれは我慢しよう。しかし、我々二人とも、カレーのような味を感じたのである。)であったが、もう一度あえて来ようとは思えない並な店であった。なんとなく店の人も愛想がよくなかったし。


というわけで、門前仲町はどうも私の嗅覚が利かない町のようである。もしこれを読む人で、ここがうまいというのがあれば是非教えてもらいたいものである。