酒徒行状記

民俗学と酒など

ウクライナ、マンモスの牙の地図

 十年ほど東京都市大学(旧名、武蔵工業大学)という大学で地理学の非常勤講師をしている。

 今年もそろそろ来年度の講義準備をと用意し始めたところで、毎年、世界最古の地図の一つとして、ウクライナの「メジリッチ図」を紹介していることを思い出した。

 

 1965年、キエフから南120kmのチェルカシュ州カニヴ郡メジリッチ村の農夫が地下室の拡張工事中を行ったところ、マンモスの下顎骨を掘り出した。

 発掘調査をしたところ、149体のマンモスの骨でできた、4つの住居跡が出土した。

これは14,500年前、後期旧石器時代のマグダレニア文化の遺跡で、当時のマンモスハンターの人々の集落であった。

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写真1 マンモスの骨と牙の家(ウクライナ自然史博物館)

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写真2 マンモスの骨と牙の家の背部(ウクライナ自然史博物館)

*1

この写真にみるように、彼らは狩ったマンモスの牙や骨を組み合わせ、家の柱とし、毛皮を屋根として、住居を立てていたのである。

 私がこの遺跡の事を知ったのは、上野の科博にある、この住居のレプリカ展示*2を見てたことがきっかけだが、巨大動物の骨と毛皮で家をつくるという行為とそのデザインにすごく驚いたものだった。*3

 

 そしてこの遺跡、住居跡だけではなく、世界最古の地図の一つとして、マンモスの牙に刻まれた地図-<メジリッチ図>も出土している。 

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写真3 メジリッチ出土。マンモスの牙に刻まれた地図

 地図は21cmぐらいのマンモスの門歯の破片で、細部を観察すると、図が彫り込まれているのがわかる。

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写真4 マンモスの牙の表面の拡大

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写真5 マンモスの牙に刻まれた図のスケッチ

これは、

無秩序に引っ掻いたような線の中に,場所を示す画が区別された。山の斜面と樹木の幹が認められ,河川は二本の平行線と水表面を示すジグザグの線で表現されており,また,川岸には四つの住居が建っており,これは恐らく最古の居住地表現(四つの住居からなる居住地の地図類似表現)である。*4 

とされている。

 なるほど、中心にはY字型の屋根を持つ四軒の家が描かれ、中央にはドニエステル川の流れが描かれている。ジグザクは川の流れを表すとともに、道をしめしているのだろうか?また家の上にある黒いのは池か沼かそんなものを思わせる。

   巨大生物の骨と毛皮で家をつくり、牙に地図を刻むというのは、そのまま小説や漫画の小道具になりそうな、非常にロマンのある遺物である。*5 

 

 ウクライナの考古学は専門ではないけども、いつかこのウクライナの自然史博物館とメジリッチの集落(発掘サイトがあるらしい)は行きたいと思っていた。*6 

 そして2022年3月現在。ロシアの侵攻によりウクライナは戦火に見舞われている。この記事を書くためにいくつかウクライナの博物館やサイトにアクセスしたが、つながらないサイトも多かった。*7

 私が見に行きたいと思っている、キエフ自然史博の住居展示とマンモスの牙の地図*8は大丈夫だろうか?

 メジリッチ村の発掘サイトなどは大丈夫だろうか?

 早くロシアが侵攻をやめ、ウクライナの人々の平和と安全が回復されることを強く願うと共に、貴重な文化遺産が戦火で失われたりしないことを祈る。

 

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主な参考文献

 金窪敏知「果たして地図の歴史は文字の歴史より古いか?―世界最古の地図―」(『地図』39-3 2001)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjca1963/39/3/39_3_1/_pdf

  加藤晋平「≪新刊書評≫ 『ウクライナにおけるマンモス骨の後期旧石器住居』」(『月刊考古学ジャーナル 』(44)1970-5

 坂下 貴則 (Takanori SAKASHITA) - 学史 ドブラニチェフカ遺跡 マンモス骨住居集落研究小史 - MISC - researchmap

 Mezhirich / Mezhyrich / Mejiritch /Межиріч - Mammoth Camp

 なお本記事の写真3~5は上記Don's Mapsのサイトからの引用である。貴重な写真をWEBにアップしてくださってあらためて感謝申し上げる。

*1:写真はThe Mezhyrich archeological site: mammoth-bone dwelling (at the National Museum of Natural History in Kyiv) より。

*2:マンモスの骨を利用した住居 — Google Arts & Culture

*3:ちなみに見た瞬間、鯨骨生物群集を連想した。

*4:金窪敏知2001「果たして地図の歴史は文字の歴史より古いか?―世界最古の地図―」(『地図』39-3 2001)

*5:金窪敏知2001によると、マンモスの牙に彫られた地図として、このほかキエフのキリロフ街(後のフルンゼ街)で発見された「キリロフ図」やチェコ共和国モラビアのパヴロフ村で発見された「パヴロフ図」があるとのことである。

*6:調べていたら、このキエフ自然史博物館とメジリッチを回った方のサイトを見つけた。私も行きたいものである。マンモスハンターの復元住宅paraunawa.wordpress.com

*7:またイヴァンキフ歴史・地方史博物館が攻撃を受け、ウクライナの国民的画家マリア・プリマチェンコの絵画が焼失したというニュースも入ってきた。 

*8:なお、実はこの地図の収蔵先はいまいちわかっていない。今回この記事を作成する際に参考にしたサイト『Mezhirich / Mezhyrich / Mejiritch /Межиріч - Mammoth Camp』では、キエフ自然史博ではなく、Russian/Ukrainian museumにあるようなのだが、このRussian/Ukrainian museumがウクライナのどの博物館を指すかわからない。

 The Ukrainian Museum in New York City という博物館がアメリカにニューヨークにあるのでこちらかもしれない