酒徒行状記

民俗学と酒など

土肥紀行


 3泊4日で大学院の調査で教授に連れられて伊豆の土肥に行ってきた。
 民俗学のフィールドワークは何度もやったことがあるが、今回は初めての古文書調査である。土肥の市役所に鈴木家文書という未整理の古文書があり、それの整理に赴いたのであった。
 鈴木家文書とは地元の名家鈴木家が所蔵していた文書だが、いつのまにか古書店に流れていたのを土肥町が買い戻したという経緯を持つ。鈴木家は江戸期には名主を勤めていた家らしく、毎年の年貢皆済目録や貸付の証文などが多く残っている。
 歴史学をずっとやってきた人にはそういったの年貢や金銭に関する文書に興味が引かれるのであろうが、私はそれよりも、一緒に出てきた、小笠原流の宴会次第などの作法書が興味深く感じられた。こういった作法書は全国各地に残っていると思われるが、普段の生活にどのていど影響を与えていたのだろうか?
 よく、民俗学では各地の祭礼などの行事を分析することが多いが、こういった礼法の影響も考えて、どの部分が礼法によるものか、どの部分が固有な民俗的なものなのか判断した上で、分析しなければならないと個人的には思っている。
  
 さて、泊まった宿は、民宿「わきの浜」。
 変わった宿名だが、古文書の中に「脇の浜」という小字が出てきていたから、そこからとったものだろう。
 この宿、何がすばらしいって、料理がえらくうまいのである。団体で泊まったためもあって、1泊6千800円で通常よりも安く金額で泊まったのだが、それなのに3泊の間、、鯛の姿造り、塩釜焼き、カレイ・アジ・マグロ船盛と海の幸尽くしな食事であった。
 田山花袋が「日本温泉めぐり」で、海辺の温泉は山や平野部の温泉地に較べると大抵料理が良いという旨の文章を書いているが、まさしくその通りである。
 今年に入って西伊豆松崎町の雲見や西伊豆市の堂ヶ島に泊まったが、どれも料理の旨い民宿であった。総じて伊豆は西海岸の方が東海岸の熱海・熱川などより安くて旨い魚が食える気がする。

 今回、珍しかったのは手長エビの刺身と磯のものと呼ばれる貝を煮付けたものである。手長エビは殻が白く透き通っていて、身も甘く、伊勢海老の刺身よりやわらかい味であった。
 磯の物という貝は、直径3センチぐらいの巻き貝で、形はちょうどベーゴマのような形である。
 ベーゴマの起源は、「ばい貝」という貝を回して遊んだことからから来ているというが、もしやこれが「ばい貝」かと思って宿の人に尋ねると、特に名前の付いてない貝で磯の物と一括して呼んでいるとのことである。
 今、一般に言われる「ばい貝」は貝殻の高さが高すぎて、回して遊ぶにはむつかしいと思われるので、この貝の方がベーゴマの起源にはふさわしい思ったのだが、なんとも残念なことである。
 
 もう一つ今回、珍しかったのは枇杷酒である。
 土肥は枇杷の名産地で、白枇杷という熟しても黄色くならない特別な品種を多く栽培している。聞いた話では明治期に殖産興業のため洞庭湖から枇杷を取り寄せたのが、根付いたらしい
 この白枇杷を使って造ったのが枇杷酒である。焼酎をベースにしているため、度数は14度だが、リキュールのような風情の酒である。
 ストレートで呑むと少し甘めなので、刺身などには合わないが、食前酒代わりにするか、ロックかソーダ割にして脂っこい料理などにあわせるといいかもしれない。イメージとしては桂花陳酒に近い感じだが、桂花陳酒より枇杷のさらっとした甘さと酸味のある酒であった。