酒徒行状記

民俗学と酒など

酸辣湯麺

うおォン 俺はまるで人間火力発電所だ」
とは、久住昌之谷口ジロー共著の「孤独のグルメ」(扶桑社刊)の主人公井の頭五郎のセリフである。
 井の頭は、京浜工業地帯の商用でコンビナートと工場群を見た後、川崎の焼肉屋にて、頼みすぎた焼き焼肉を食いながら、その旨さ、スタミナの凄さにこのセリフを言うのである。(第8話 京浜工業地帯を経て川崎セメント通りの焼き肉)

 私もつい最近、こう独白したくなる飯を食った。
実家の近所の<大盛軒>で「酸辣湯麺」を食ったのだ

 ここは光が丘IMAの地下にあるフードコート風の店で、隣は以前は軽食屋が入っていたが潰れており、今は大盛軒というラーメン主体の中華料理店が一軒のみ入っている。店の入り口には各種雑誌に掲載された紹介記事が張り出されている。ちょっと見、子供のころ旅行で行ったシンガポールのホーカーズを思わせる雰囲気があって好きなのだが、どういうわけか、私はここでラーメンを食ったことはなく、店頭に並べてある持ち帰り用の回鍋肉丼しか食べた事がなかった。
 多分、回鍋肉が量も多く、比較的濃い目で、決して上品な中華では得られない味でたいへん旨かったので、それで満足してラーメンを食う気になれなかったのだろう。

 この日私は、少し風邪を引いていた。
 私には昔から、風邪の引き初めにはラーメンを食うという信仰があって、一人暮らしをしている中野では風邪を引くたびに青葉や山頭火に行ったものであった。
今回は12月23日から秩父に調査に行くため、急いで風邪を治さなければならないと思い、実家に帰ることにしたのだが、そこで前々から気になっていたここの酸辣湯麺を食う事にしたのであった。(とはいえ、実際には量の多さと体調不良のときに辛いものを食う事に躊躇し、いつも食いに行く駅前の<めんの郷>で、燗酒「宮泉」とチャーシューの切れ端を頼んで一思案した後やっと決心したのであった)

 頼んで待つ事数分。食券の29番が呼ばれる。読みさしの『韃靼疾風録』をしまい、取りに行く。
 麺が見えないくらい盛られた具。わずかに粘性を帯びた赤い汁。辣油の香りが鼻をつく。
まずは汁を蓮華で一口。
 たっぷりの油分の粘性と酸味のせいで、一瞬辛さや熱さを感じないが、喉を通り過ぎるころには、烈火のような味が舌に現れる。辛いが具の肉や野菜の味が染み出て旨い。汁の酸味がさらに食えと、胃を刺激する。少しやわらかめの麺が汁と絡まって、気づくと顔から汗をだくだくと流しながら、一杯を平らげていた。まさしく汗と熱気で人間火力発電所になっていた。

 ちなみに風邪はこのときは治ったのだが、その後、調査に行った宿で喉に咳を貰ってきてしまった