酒徒行状記

民俗学と酒など

朧夜

 10時半くらいで女性を見送り、S氏といつもの九段下のバー「GROTTA」にはしごしに行く。
 福ちゃんでサワーを呑みすぎたせいで、なんだか少し腹具合がおかしい。バーでは一杯目をいつもギムレットにするのだが、今日は止めて「胃薬代わりになるようなリキュールを。出来れば甘くない、苦いのがいい」と頼む。
 出てきたリキュールの名前は思い出せないが、フランスのリキュールでなんだか舌をかみそうな名前であった。アブサンに似てるが、アブサンよりも苦く、甘みのまったくない真緑のリキュールで、口に含むと、ミントが基調となった匂いが口と鼻を抜けていく。43度もあるのに胃に伝わる感覚がなく、全て口の中で揮発してるみたいだった。胃の薬になったというより、鼻の通りがすっとよくなった気がした。旨いとは言いがたいが、花粉症のときにでも呑めばよいかもしれぬ。
 2杯目も胃薬代わりということでリキュールを頼む。イェーガーマイスターというドイツのリキュールを一度飲んでみたいのだがというと、この店には置いていないが、販促用のグラスがあるという。20センチくらいの高い柄のついたリキュールグラスで、柄の仲に3本の筋を捻った模様が入っている綺麗なグラスであった。
 これを使って2杯目をくれというと「チナール」というリキュールを出してくれた。アーティーチョーク(洋アザミ)を原料にした酒で健康にいいらしい。アーティチョークがどんなものか知らないが呑んでみた。さっきと違い呑みやすい甘さで、美味しい。

 S氏は一杯目のモスコミュールをもてあまし、眠そうにしている。
 口でも動かしたら目が覚めるかしらんと、ビーフジャーキーを頼む。例のテンダー見習いの女性が言うには、他の料理は系列店の厨房で作られて送られてくるが、ビーフジャーキーだけはテンダーさんと見習いの女性が作っているという。いくぶん濃い目の味付けだが、たしかに市販品と違って、ワインからニンニクから複雑な味わいがとなっている。

 3杯目エズラブルックスソーダ割り。4杯目ジントニックジントニックは氷り抜きにしてもらう。3杯目のエズラソーダ割りを呑んでいたら、風間一輝の小説でハイボールを氷り抜きで作る話があったことを思いだし、あやかって氷り抜きのジントニックを作ってもらう。胃に優しい感じで旨い。
 実は時々バーに行っては、氷り抜きハイボールをこさえて貰うが、今まで、今ひとつ旨いのにあたったことはなかった。しかし、このジントニックはなかなかいけた。

 腹の調子も大分よくなったので、よっしゃ呑むべと思ったら、S氏がだいぶ船を漕ぎ出した。山葵の利いた蝦とアボガドのサラダを食わせるが、一向に眠そうである。S氏は今年の春から係長になったのでえらく忙しいといっていたが、やはり疲れているのだろう。
 神輿を上げて、帰路に着くことにする。夜中の3時すぎであった。

 S氏がタクシーに乗るのを見届けて、ひとつ伸びをすると、いい朧月が出てるのに気づいた。まさしく春の朧月だ。タクシーをすぐには捕まえず、しばらく歩きながら月見をした後、中野駅へ。
 中野駅から歩いて、春の夜を楽しむ。寒くも暑くもなく、わずかな微風が心地よい。
 家につくころには空が白み始めていた。