酒徒行状記

民俗学と酒など

鹿の胎児(ハラコ)を料理する(2)-ジビエブームと鹿のハラコ料理

承前

さて、鹿の胎児(ハラコ)を料理する(1)-生薬とシカウチ神事 - 酒徒行状記

 で見た通り、日本においても伝統的には、生薬または儀礼食として鹿のハラコを食する文化は存在したようであるが、現在のジビエブームにおいては鹿のハラコ料理はどのようになっているであろうか?

2.ジビエブームと鹿のハラコ料理

 現在のジビエブームでは、そもそも鹿肉自体、イノシシに比べると卸値が安いことから、食用としての活用が少ないとされている。 

 「サンライズ出版 » 特集 シカ肉を食べる」では、

 猟友会の人たちは「イノシシなら撃つがシカは撃たない」と言うのです。なぜなら、イノシシは民宿などに売ると1㎏5000円という価格になります。体重100㎏のイノシシであれば、だいたい半分の50㎏の肉が取れます。「1万円札25枚ぶらさげたものが走っていると思って、みんな一生懸命撃つんや」と猟師さん(ここでは、狩猟免許所持者のこと)が言ったのです(笑)。逆に、「シカを撃っても売れへんのや」とも言われました。」

とされる。

 鹿のハラコについても、下記のように一部の業者が、店舗に卸すなどしているが、山野や処理場で廃棄されるケースが一般的である。

www.noblesseoblige.co.jp

 とはいえ、ネット上では実際に食したケースを確認することができる。

 たとえば、『野食ハンター』の茸本朗氏のページ「参鶏湯ならぬ参“鹿”湯を作ってみた」は料理の工程も丁寧に記したサイトである。

www.outdoorfoodgathering.jp

 茸本朗氏は、参鶏湯の要領で、鹿のハラコにもち米とニンニク、松の実をつめ、サムゲタンのスープで煮ている。

 氏によると

色が白く、はらはらとほどける筋繊維、これもやっぱり鶏そのもの。

味は……鳥と白身魚の中間のような感じです。
柔らかく、ちょっとだけ水っぽい。一番近いのはなんだろう、カエルかな?

 とのことで、成熟した鹿肉が赤身肉なのに対し、胎児の段階では白身肉であることを示している。

 このほか、ハンターの方が料理したものでは、

gibier5656.blog.fc2.com 

肉質がとても柔らかいです。柔らかすぎます。
焼いているときの感覚は、とっても柔らかい白身魚みたいな感じでした。
サラダ油で焼いただけの状態で試食。
皮がパリパリしていて、肉はとろけるように柔らかく、ふわふわ食感。

不味くないです。きちんと料理すれば美味しいと思います。
ふわふわ食感が楽しいので、衣をつけてフライにしたら美味しいかも知れません。

とあり、茸本氏と同じく、かなり軟らかい肉質であるとしている。

 また、webではいくつか鹿のハラコ料理を供するレストランも検索することができる。

 このレストラン ユニックの料理は『東京最高のレストラン2018』にも記載があり

蝦夷鹿のハラコ。生まれる前の胎児である。乳すら飲んでおらず筋繊維を感じさせないプルンとした食感は、はっきりと口の中に記憶されている。実にいたいけなその肉に、中井雅明シェフはカルダモンや、コリアンダー、グローブといったスパイスを使い、ニンニクなどとムニエルに。さらに付け合わせにはバナナのローストと才気煥発!といった感のある一皿であった。(東京最高のレストラン2018 - マッキー牧元, 小石原はるか, 森脇慶子, 横川潤, 浅妻千映子, 小川フミオ - Google ブックス)

と紹介されている。

 そもそもハラコ料理を出す店が少ないので、あまり正確な分析はできないが、これらレストランの料理方法を検討すると、

  • 猟師料理の場合は鍋
  • 洋風の場合はソテーまたはムニエル

 にして出すことが多いようである。

 なお長野県伊那市のざんざ亭では、ハラコのパスタを出しているが、これは、写真を見ると、ヨモギを練り込んだ平打ちパスタにソテーしたハラコの肉を和え、蕨と花山椒のソースをかけたもののようである。肉の料理方法としては、これもやはりソテーの一種と考えることができる。

 全体としてみると、柔らかい肉質と、くせのない味を生かすというのがハラコ料理のコツになるかもしれない。

3.日本における鹿のハラコ食-まとめ

 以上、日本における鹿のハラコ食を見てきたが

  • シカウチ神事に見るように、鹿の胎児になにかしら霊性をみとめ、それを食する文化が日本にもあったことがうかがえる
  • しかし実際の利用では、明治ごろまで、食というより血の道(婦人病)の薬としての利用が中心であった。
  • 現在のジビエブームでは鹿のハラコは廃棄されることが多いが、いくつかの店では提供されており、鍋またはソテー・ムニエルといった調理法がとられている。 

 ということが読み取れる。

 では、中国の場合はどうであろうか?

 以下、「鹿の胎児(ハラコ)を料理する(3)-漢方薬「鹿胎」 - 酒徒行状記」に続く。